【人付き合いの名言】「小人の交わりは甘きこと醴の如し、君子の交わりは淡きこと水の如し」とは?

人付き合いの名言「小人の交わりは甘きこと醴の如し、君子の交わりは淡きこと水の如し」_アイキャッチ画像

「小人の交わりは甘きこと醴の如し、君子の交わりは淡きこと水の如し」

皆さんは、こんな言葉を知っていますか?

 

この言葉は、「人付き合い」について、大切な考え方を語ったものです。

意味を丁寧に追っていくと、自分のこれまで・これからの人間関係を見直す、良いきっかけが得られると思いますよ。

本記事では、この言葉の意味を解説し、更に付け加えて「人間関係」のヒントとなる話を解説していきます。

 

参考にした本は、『武器になる哲学』です。

 

この記事のポイント
  • 立派な人物は、少人数と「濃い人間関係」を築いている
  • 自己実現を成し遂げる人たちは、孤立的な人が多い
  • SNSでの人間関係は、「醴」なのか「水」なのか?


それでは、ポイントをまとめていきます!

 

「小人の交わりは甘きこと醴の如し、君子の交わりは淡きこと水の如し」とは?

「小人の交わりは甘きこと醴の如し、君子の交わりは淡きこと水の如し」

冒頭で紹介した名言は、「荘子」の言葉です。

ヒヨコ
戦国時代の中国に生まれた「哲学者」として、学校の教科書にもでてくるぐらい有名な人ですね!

 

読み方としては、以下のようになります。

「しょうじんのまじわりはあまきこと”れい”のごとし、くんしのまじわりはあわきこと”みず”のごとし」

 

意味を結論から言ってしまうと、

「しょうもない人達の関係は、甘酒のようにべったりとしているが、品性のある人達の関係は、水のようにさっぱりとしている」

ということです!

 

以下で、この言葉を半分ずつに分解して丁寧に解説していきます。

 

前半部分:「小人の交わりは甘きこと醴の如し」

最初に、上半分の「小人の交わりは甘きこと醴の如し」という言葉を見ていきます。

 

「小人」とは(しょうじん)と読み、意味は「しょうもない人達」「品性に欠けるちっぽけな人達」という意味です。

漢文でよく使われる言葉ですね!

学校で習ったことがある人は見覚えがあると思います。

 

そのため、「小人の交わり」=「しょうもない人達の人間関係」という意味になります。

 

続いて、「醴」(れい)という難しい言葉が出てきます。

正直、私はこの言葉の意味が最初は分からなかったです、、笑

 

「醴」と聞くと、なんだか難しそうな意味に感じますが、この言葉は「あまざけ」とも読む言葉なんです。

そう、あの「甘酒」と同じ意味で、その甘酒を難しい漢字で書くと、「醴」となるんですね。

ヒヨコ
実際に、私のPCでも「あまざけ」と入力して変換すると、ちゃんと「醴」と出てきました。

 

この名言では、「甘きこと醴のごとし」と表現しています。

噛み砕いて言うと、甘い飲み物のように”べったり”としている、ということを指しています。

ベタベタしていて、いやーな不快さがあるような響きですよね。

 

・・・と、ここまででまとめると、「小人の交わりは甘きこと醴の如し」とは、以下のような意味になります。

「しょうもない人達の人間関係は、甘酒のようにべったりしているよね。」

けっこうドギツい言葉ですね、、笑

 

後半部分:「君子の交わりは淡きこと水の如し」

続いて、後半部分である「君子の交わりは淡きこと水の如し」を見ていきます。

まずポイントとして、前半では「小人」と言っていた主語が、後半では「君子」となっていますね。

 

「君子」とは、「人徳がある人」「品性のある人」などという意味で、噛み砕いて言うと、「立派な人」ということです。

ヒヨコ
まさに、前半の「小人」とは正反対の意味の言葉ですね。

 

「淡きこと水の如し」という部分は、以下のような意味です。

「さっぱりしていて、まるで水のようだ。」

前半よりも分かりやすいですよね。

 

・・・ここまでから、”後半部分”の意味をまとめると、

「品性のある人達の人間関係はさっぱりしていて、まるで水のようだ。」

ということになります。

 

ここまでの話から、名言を改めて最初からつなげると、以下のようになります。

 

「小人の交わりは甘きこと醴の如し、君子の交わりは淡きこと水の如し」

=「しょうもない人達の人間関係は甘酒のようにベタベタしており、品性のある人達の人間関係は、水のようにあっさりとしているよね。」

 

名言の意味が明確になりました。

ここまでで、すっきりとした気分になってくれたら嬉しいです!

ヒヨコ
言葉の意味としても、納得感を強く得られるのではないでしょうか・・・?

 

マズローの自己実現欲求

この言葉の的になっている「人間関係」を考えるにあたって、「マズローの欲求五段階説」という言葉が、良い気づきを与えてくれます。

心理学者「アブラハム・マズロー」が考え出した、「人間の欲求」について考えた理論ですね。

 

その理論の意味をごく簡単に解説します。

「マズローの欲求五段階説」とは、人間というのは、以下のような順番で「欲求」を満たそうとする、というものです。

 

「1.生理的欲求」→「2.安全欲求」→「3.社会的欲求」→「4.承認欲求」→「5.自己実現欲求」

ヒヨコ
例えば、安全に生きていけること(「2.安全欲求」)が保証されると、社会的に活躍し、人から認められたくなってくる(「3.社会的欲求」)・・・と、欲求が段階的にレベルアップしていく考え方ですね。

 

そうやって、人間というのは、低レベルの欲求が満たされていくと、高レベルな欲求が出てくると言われています。

そして、この理論では、最高レベルの欲求に「5.自己実現欲求」を置いていることに着目してください。

 

「5.自己実現欲求」とは、「自分を世の中に表現して、自分らしく生きていきたい!」という欲求のことです。

世界が成熟してきているとはいえ、この欲求を実現できている人は、まだまだ数が少ないのが現状だと言えますよね。

 

自己実現的人間は、少数の深い人間関係を築く

ここまでで、「マズローの欲求五段階説」を解説してきました。

ではなぜ、突然こんな理論を解説してきたのか。

それは、マズローが、最も人生に成功していると言える「自己実現的人間」は、「孤立気味で、ごく少数の人とだけ深い関係を作っている」と言っている、ということを紹介したかったからです。

ヒヨコ
つまり、最高レベルの欲求を満たせている幸せな人達は、「人間関係としてはさっぱりしている傾向があるよ。」と言っているのですね。

 

まさに、壮子が言うところの、「君子の交わりは淡きこと水の如し」と通ずるものがあるのではないでしょうか。

 

最近は、SNSの普及によって「友達が多い人」「フォロワーが多い人」がつい注目を浴びがちですよね。

そういった人たちは「リア充」と呼ばれ、一見成功しているように見えてしまいます。

 

しかし、この状況に対して異論を示しているのが、心理学者のマズローなんです。

(※既に、50年ほど前に亡くなっているので、過去には述べていた、ということになります。)

「自己実現を成し遂げている人たちは、ごく少数の人と深い関係を築いている」

 

壮子の言葉とマズローの言葉を2つとも知ると、とても学びの多い共通点が浮かび上がってきますよね。

 

広く薄い関係を見直すべき時代なのかもしれない

SNSが大人気である現代では、「さっぱりとした人間関係で生きていく」と聞くと、受け入れがたいものがあるかもしれません。

 

しかし、最近では「Twitter疲れ」「Facebook離れ」などと言った、多くの人と繋がり続けることの苦痛さが浮き彫りになってきているようにも感じますよね。

こういった時にこそ、「君子の交わりは淡きこと水の如し」という言葉を思い出し、「本当に大切な友人と深い関係を築いていく」ことの大切さを意識すべきなのかもしれない、と私自身も強く思います。

 

私たちの「広く、薄い」人間関係もまた、そのようになっていないか。マズローによる「自己実現を成し遂げた人は、ごく少数の人と深い関係を築く」という指摘は、今あらためて、私たちの「人のネットワークの有り様」について考えるべき時が来ていることを示唆しているように思えます。

(Kindle位置: 1,261 『武器になる哲学』より)

「人脈づくり」という言葉が妙に流行っている現代だからこそ、人との「密な付き合いの大切さ」を見直していくべきなのかもしれませんね!

 

まとめ

今回は、「小人の交わりは甘きこと醴の如し、君子の交わりは淡きこと水の如し」という言葉の紹介と、「人付き合いの大切な考え方」について話をまとめていきました!

 

有名な哲学者である「壮子の言葉」というだけあって、説得力もある名言です。

ヒヨコ
ぜひ意味と読み方を覚え、身近なスピーチなどで活用してみてください!

 

この記事のまとめ
  • 立派な人物は、少人数と「濃い人間関係」を築いている
  • 自己実現を成し遂げる人たちは、孤立的な人が多い
  • SNSでの人間関係は、「醴」なのか「水」なのか?

 


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

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