「意味がある」という言葉で判断する罠。大事なのは「生産性」

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「この研修は、〇〇という点で意味がある。」

こういった言葉は、組織・会社でよく言われると思います。

 

参加者たちが、「こんなことをやって意味があるのか・・・?」と感じていたら、上司が、「これは、〇〇という点で役に立つからやれ!」と言われるような状況ですね。

 

こういう場面に遭遇したときにいつも感じるのが、「意味があるから有用」という考えをしていると”大きな罠”にはまるのでは?ということ。

 

本記事の結論から言ってしまうと、以下です。

この記事のまとめ
  • どんな行動にも「意味」は必ずある
  • そのため、「意味があるからやる」という理屈は、どんな行動にも当てはまってしまう
  • 意味のありなしではなく、「生産性」で判断するべき

 

このことについて考えてみたことをまとめていってみます。

 

「意味がある」という言葉では、全てが正当化される

「意味があるから、これは有用」という判断をしては、なぜいけないのか。

それは、「どんなことであっても、全てが正当化されてしまうから」です。

 

どういうことか、例を挙げます。

最近、業績が良くない保険会社で働くAさんは、上司Bさんに突然こんなことを言われたとしましょう。

 

B:「今から街に行って、道行く人の名刺を100枚もらってこい。」

A:「ええ!?なぜそんなことをするんですか?」

B:「そういった行動が、新規顧客の獲得につながるんだ。いずれ、どこかでこの経験が活きるはずだ。

 

また、こんな例もあるでしょう。

社長:「明日から毎朝、皆で1時間掃除をすることを命じる。掃除という基本が、良い仕事につながるんだ。」

 

・・・こういった例を聞いて、あなたはどう思いますか。

 

「一見無駄に見えるが、これがいずれ意外な点でつながってくる。」

そう言ってしまえば、たしかに事実でしょう。

 

しかしいずれも、「何かに”活きるかも”しれない」という、曖昧なものでもあるんです。

つまり、「まあ、もしかしたら、良い結果につながるかもね。」ということ。

 

行動はすべて何らかの意味はある

ここで重要なのが、「世の中の行動はすべて、何かしらの意味はある。」ということ。

 

ぼーっとする時間も、漫画を読む時間も、外で散歩している時間も、仕事をしている時間も、何かの意味はあって、それぞれが思いもつかない良い結果につながる可能性ってありますよね。

 

ぼーっとしたり漫画を読んでいてアイデアが浮かぶかもしれない。

外で散歩をすると健康になって仕事の生産性があがるかもしれない。

昼寝だってそうです。

 

このように、人間が取る行動は、意味づけをしようと思えば、いくらだって「意味がある」行動と言えるんです。

よって、「これは意味がある行動だ。きっと、何かに繋がる」という理論は、どんな行動(昼寝でも、散歩でも、掃除でも)にも、言えてしまうんですね。

ヒヨコ
つまり、「この行動は意味がある。」というのは何も言っていないのと等しいんです・・・!

 

「生産性」や「確率」で把握する視点を忘れてはいけない

これまで述べてきたように、「意味がある」という言葉を使うと、何でも正当化できる。

だから、意味があるかないかという視点だけで判断すると、どんな行動も正解となってしまうんです。

 

では、ここで別の架空の話を出します。

 

保険会社の営業職のAさんが、「2つのどちらか」をやろうか迷っています。

  1. この1年間、毎朝1時間フロアの掃除をする
  2. この1年間、毎朝1時間、営業に関する本を読み、今必要な知識をインプットしていく

自分が上司だったら、どちらを勧めますか?

私は迷わず、②をAさんに勧めます。

 

たしかに、①だって、意味はあるでしょう。

フロアの掃除によって、周りが気持ちよく働けるようになって、組織としての生産性があがるかもしれない。

 

しかし、会社として売上がよりあがる「可能性」が高いのは、どちらでしょうか。

間違いなく②のはずです。

 

つまり、会社の利益をあげるという目的に対し、より効果を発揮する「確率が高い」のが②なんです。

②のほうが、生産性が高い行動、とも言えますね。

 

今回の記事で一番言いたかったのは、これです。

 

ある事柄を行うかどうか、どちらを選択するか、選ぶ時に大事な基準は、「生産性」なんです

行動を選択する際、この視点が抜けてないか・・・?という点を意識しているかどうかで、下す判断は変わってくると思います。

 

なんとなく意味がありそう、という個人的な感覚は重要

そうはいっても、「なんとなくこれは意味がありそう」という個人的な感覚も、大事にすべきだとは思います。

 

今取り組んでいる仕事とは、直接的な関係はない。

だけど、これを続けていると、何かに繋がりそうな予感がする。

とか、意味がないかもしれないけど、とにかく個人的にやってみたい!という感覚。

 

この感覚には素直に従うことが、多様性を生み出し、組織のイノベーションを生み出す、とも言われているのも事実です。

参考:山口周『ニュータイプの時代』(画像クリックでAmazonのページにジャンプします)

ただ、この記事で述べた話題はあくまでも、「個人的な行動」に基づく話です

上司・組織が、大勢の人数を強制的に「〇〇は意味がありそうだからやれ!」というのは、非常にナンセンスだと思うんです。

 

「こんな基本的なことを長時間やり続けて、意味があるのか?」

「この時間があったら、他に時間を割いたほうが確実に有用だろ、、。」

そう思う人が多数の研修は典型例で、トップ層が「生産性で考える」という視点が抜けているのでは?と思ってしまいます、、。

 

以上、「生産性の観点」で話をまとめてきました。

どこか、賛同いただける箇所があれば幸いです。

 

この記事のまとめ
  • どんな行動にも「意味」は必ずある
  • そのため、「意味があるからやる」という理屈は、どんな行動にも当てはまってしまう
  • 意味のありなしではなく、「生産性」で判断するべき

 

↓「生産性」という視点の話だと、下記の本が非常におすすめです。

「自分の時間が足りない!」と日頃から思っている人は、そもそも時間の考え方が誤っていることに気づくことができます!

ちきりん『自分の時間を取り戻そう』(画像クリックでAmazonのページにジャンプします)

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

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20代の社会人です!読書、映画鑑賞、車、バイク、数学、IT、旅行情報など興味のある様々なことを発信していきたいと思います!ブログについて全くの初心者ですが、コツコツと良いサイトを作っていきたいです!!よろしくお願いします!