【考察】本がこの世から無くなる可能性を考える

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たまにふと、こんなことを考えることがあります。

「テクノロジーが発達すると、この世の中から”本”というものはなくなるのだろうか?」と、、。

結論から言うと、私は「少なくともここ100年は本はなくなることはない」、と考えています。

 

今回は、このテーマについて、考えていってみます!

 

本がこの世から不要とされる可能性

たとえば、「テレビ」というのは、この世からなくなる可能性が高いですよね。

今は、ネットフリックスやYouTubeなどの、「見たいときに、自分の見たいものをみる」という動画視聴の方法が普及して、テレビの価値がぐんぐん下がっているからです。

つまり、「上位互換」といえるものが出ると、そのものはこの世から不要になる、と考えることができます。

 

同じように、「本」もこの世から消える可能性があるのか?ということを考えるにあたって、

「本の対抗馬」となるものはどんなものか?を考えてみます。

パッと思い浮かぶのは、下記の2つです。

 

  • 著者が、本の内容をそのまま動画で解説するサービス
  • Audibleなどの「聞く読書」

 

これら2つを考える際に重要なことは、本というのは、「書き手」「読み手」とも労力を必要とする、と言う問題点があります。

 

書き手としては、自分が考えた論理をきちんと文章に落とし込まないといけない。

喋った方が早いのに、PCなどでタイピングしないといけない、というのは大きな時間のロスであるとも考えられます。

そうすると、「著者が、本の内容をそのまま動画で解説するサービス」というのは、この点では勝っていますよね。

本として自分の考えを文章に落とし込むのではなく、その内容をそのまま著者に口頭で話してもらう、と言う方法です。

 

また、読み手としても、読書の負担は大きい。

まず、本自体を持ち歩かないといけないし、読むときは、集中して目線も常に文章を追うようにしなければいけない。

こう考えると、「聞く読書」に、この点で軍配が上がります。

なんと言っても、読書のように目で文章を追う必要がなく、耳で本の内容を聞き取りながら、他事をすることができるメリットがあるからです。

「ながら読書」ができるということで、最近は聞く読書もどんどん人気が出ていると聞きます。

 

本が圧倒的に優れている点

ここまで、「本の対抗馬とそのメリット」を考えてきました。

対抗馬のメリットだけを見ると、本もテクノロジーの発達で淘汰されそうな印象を受けますが、私は、本はまだまだその価値を残し続けると思っています。

 

それは、本には圧倒的に優れている点があるからです。

その優れている点とは、「情報の受け手が、緩急をつけて情報を得ることができること」

言い換えれば、「情報の取得効率が高いこと」です。

 

これは、「文字の読書」も「聞く読書」も、「動画による本の内容の解説」も、どれも経験したことがある人なら感じたことがあることかと思います。

聞く読書や、動画での解説は、「どこが大切な部分か分かりづらい」ということや、「30分も集中したのに、得られた知識が少ない」と言う状態に陥りやすいのです。

つまり、情報の取得効率が低い。

なぜ、効率が低いのかというと、これらはどちらも、情報の取得が”受動的”であり、それによって、「自分が本当に欲しい情報だけをピンポイントで選ぶ」ことが難しいからです。

 

一方で、紙の本の場合はどうか。

まず、目次から自分に興味がありそうな場面を選んで一気に飛べます。

そしてそのページまで飛んだあとは、文章をざっと見て、興味のある単語などを数秒で拾い上げることができます。

このように本は、「情報のピンポイントな取得」がとても優れているのです。

 

まとめると、「紙の本」というのは、書き手も読み手も集中力を要する代わりに、情報を収集する効率が高い、と言えるのです。

そしてこの点において、”今は”本を上回る方法がない、と感じています。

 

もし、「脳みそに直接情報を書き込む技術」が生まれたら・・・

ただし、万が一「脳みそに直接情報を書き込む技術」が生まれた場合、本は淘汰される可能性が高い、と思います。

 

SF映画などで見るような、情報のメモリーカードを選んで、それを脳みそに直接インストールすると、一瞬でそこに詰まっている情報が頭の中に入る、というような技術ですね。

こう書くと笑ってしまうような空想めいた技術ですが、飛行機・携帯電話など、とんでもない高度な技術を生み出してきた人類は、数百年もすれば、こういった「脳に直接情報を書き込む技術」を生み出すことも、不可能ではないと思います。

 

本とういうのは、「情報を収集すること」「物語を楽しむこと」に価値があるのであり、「本を読むために、時間をかけること」は、コストと捉えることができます。

そのため、上記のような技術が生まれると、「本を読むためのコスト」が一切なくなるので、本の上位互換として、本自体の価値はなくなってしまう可能性があります。

 

ただし、そんな技術が生まれるのは、まだまだ先なので、、。

結局は、これだけIT技術が発達した現代でも、「本」というのは、まだまだその価値を発揮し続けると信じています。

それにしても、何千年も前から生まれた本や文字という技術が、今も現役でバリバリ活躍している、という事実に驚きます、、!

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最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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