【期待値思考の危険】果たして、それは本当に正しい試算か?

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自分も含め、最近の(若い)人は、「合理的な生き方」「期待値の高い生き方」を強く望むようになっているように感じます。

わかりやすい例でいうと、「今の若者は結婚をしたがらない」問題が、この流れを表しているように感じます。

「一人で生きているので十分楽しいのに、わざわざ期待値の低そうな結婚をする意味がわかならい。」と言う主張ですね。

 

実際に調べてみると、2016年の日経新聞の調査では、「結婚したくない」と考える20代の未婚者は、17.8%で、8年前よりも7.7%上昇していると言います。
(参考:日経新聞 「結婚したくない」若者、17.8%に増加)

 

しかし、「合理的な生き方」「期待値の高い生き方」思考は、大きな過ちを犯すリスクがある、ということを忘れてはいけないのです。

今回は、そんな話をまとめていってみます。

 

期待値の試算

まず、期待値を正しく見積もるためには、「その得られるリターンを正しく見積もらなければいけない」です。

仮に、「結婚をしたり、子供を持ったら、〇〇%の確率で△△というリターンが得られる。」とわかったのなら、期待値は正しく見積もることができます。
何とも、人間味のない試算ですが、、笑

そして、そこから計算した期待値が、独身時代より低ければ、「独身でいる方が合理的」として、”合理的な”判断を下している、という若者がいるのでしょう。

 

しかし、ここで考えてほしいのが、「果たして、結婚によるリターンを正しく見積もれているか?」ということです。

そもそも、期待値思考とは、ここのリターンが正しく見積もれている場合に、初めて合理的な思考ができるものです。

 

では、今回の例ではどうか。

言うまでもありませんが、「未来のことなんて、誰も正確に試算することはできない」のです。

これは、結婚に限ったことではなく、私達の意思決定すべてに言えることです。

「やってみるまでは、〇〇だと思っていたけど、こんな良いことがあった。」とか、

その反対に、

「これはメリットだと思っていたけど、むしろデメリットだった・・・。」といった、予想外のことが起こるわけです。

このように、未来のことなんて、事前には正確には把握することができない、ということを忘れてはいけないのです。

 

「合理的な思考」を言い訳にしてはいけない

つまり何が良いたかというと、自分では”合理的な思考”・”期待値思考”をしていると思っても、

実はそれは曖昧な試算に基づいたものであり、正確な合理的な思考ではない、ということです。

 

自分もつい、合理的な思考に囚われてしまい、何か行動するときに立ち止まる言い訳にしてしまうことがありますが、

「案外やってみたら、想像もつかなかったようなリターンが得られるかもしれない」ということを、

意識するようにしています。

 

「自分は合理的な生き方をするんだ。」と意固地になっていると、往々にして、「その場から動かず、何もアクションを起こさない人間」になってしまう危険があるように思っています。

行動を起こさなければ、そもそもの期待値が正しく見積もれない。

このことをよく意識してみてほしいと思っています。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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